主観的危険と客観的危険
主観的危険(subjectiverisk)は、これを恣意的危険ともいい、個々人の精神的心理的状態から生ずる危険です。
しかし、個々人の精神的心理的状態が恣意により十分支配された場合には、これにより生じた事件は偶然事件とはいわない。
恣意が十分に支配された事件は確実に発生すると看倣しうるからです。
恣意には、しかし、程度が認められます。
恣意っまり気儘・随意・思い付きは個々人の主観に支配されているから、厳密にしてかつ明確に等級づけることは難しいが、通常の人間が有している判断能力・行動能力・生活能力等々を基準とすることが許されるならば、その程度を等級づけることは可能となります。
恣意の程度を示す用語に無過失、軽過失、重過失、悪意または故意があります。
なお悪意または故意にはスペースコレクション的な偶然性が伴うものでないことは先に述べたとおりです。
客観的危険(objectivedisk)とは主観的危険に対する危険をいいます。
マーク・グリーン(MarkR.Green)は、客観的危険をつぎのように定義する。
「確率上の損害から実際の損害の相関的変動です。
」と。
グリーンはそのためにつぎの事例をあげてこれを説明しています。
たとえば、ある一定の事象につき過去の資料を観察することにより、特定数を一集団とするある物の集団にあっては、一定期間申に平均して数個が損害を被ることを把握したとき、実際において、損害個数が平均損害個数と一致するかあるいはそれを上回るか下回るかに注意を払うことになります。
もし、その上限と下限が定まるものであれば、その範囲において信頼性を得ることになろう。
このように、偶然によって生ずる危険であっても、大数法則を援用することにより測定を可能とする危険であるといいます。
そこでグリーンは、客観的危険=確率的損害と実際の損害との確率変動/確率的損害という算式を提示するのです。